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建築コラム - 子どもと住まい -


「挨拶」を交わす


GS122_L.jpg「挨拶」とは、地球上の人間として当たり前の行為であり、言葉は違えど万国共通です。それは親であろうと子であろうと他人であろうとも共通です。設計において、あまり接点がないように思えますが、「挨拶の出来る環境づくり」を心掛けています。例えば、階段をみんなの集まっている茶の間や台所に配置することで、個室へのアクセスは親の前を必ず通らなくてはならず、自然と顔を合わせることが出来ますので、一言でも会話は交わすでしょう。
また、外構によってご近所さんとの距離感を縮めることも可能となってきます。お隣さんとの境界を過度に遮らず、適度な距離感を保つ程度とする。そうすることで、自然とお互いに「適度な関係」が生まれるのではないでしょうか。親が挨拶すれば子供はその背中を見ています。そんな日常を「当たり前」に取り入れられたのなら、きっと身につくのだと思います。

「礼儀作法」を養う


GS175_L.jpg僕の設計には、変な表現かも知れませんが「子供に気を使わせる」と言うことを念頭に置いて取り組んでいます。家の中ではもちろんですが、ご近所さんとの接し方が重要ではないかと思うのです。先述したように、「外構」での工夫がそれに当たり、「住環境」として外部も取り入れるのです。
生活にご近所さんのような「他人」を取り込むことで、社会に出たときの「順応性」が養われるのではないかと思います。実際僕はよく父の趣味に連れられ出掛けていたのですが、父の友人と出会うように「他人と接する機会が多い」ため、人見知りになることはありませんでした(笑)また、家の中だから、親だからと言って許されることは少ないと思います。子供達が友人を自宅に招待したときに挨拶を交わさせるとか、あまり騒ぎすぎるのは良くないとか、そういう意味で「気を使わせる」ということは非常に役立つのではないでしょうか。極端な表現かも知れませんが、子供達には子供達なりの「分相応」という存在を気付かせてあげたいと思っています。

「四季」の喜びを知る


P1240052.jpg「春と秋」は気持ちが良い、「夏」は暑い、「冬」は寒い…この四つは日本で暮らす以上「当たり前」ですよね。その「暑さ・寒さをどう凌ぐか」を学ばせてあげたいと思っています。これは大人にとっても共通と言えます。機械的な快適(エアコンなどの設備機器)=快適で幸せな生活、という方程式は成り立ちません。特に日本ではそうでしょう。「高気密・高断熱で夏涼しく、冬温かい」が良い例です。高気密・高断熱を全否定するわけではありませんが、建築の工夫によって四季を堪能する方が、何倍も幸せなのではないかと感じていますし、エネルギーコストも抑えられるのです。
先人の日本人は「凌ぐ技術」を既に開発しており、その技法を現代の建築に取り入れることは非常に有効なのです。その「凌ぐ技術」は多数あるはずなのですが、それが出来ないから機械に頼らざるを得なくなる状態に陥るのです。光の採り入れ方や風の通り道、建具や簾の使い方次第では、機械では絶対に得られない「清涼感や温もり」が得られるのです。
もちろん設備機器のような機械を使わないことに特化しているわけではありませんが、不便さ故に「幸せ」を感じることもあります。
コタツの温もりが代表例です。冬の寒い朝、母に無理矢理起こされ布団からやっとの思いで這い出ても、「コタツ」に直行(笑)、外から帰ってきて「コタツ」に直行。そんな経験はありませんか?あれは「幸せ」以外のなにものでもありません!?部屋が常に温かければそんな経験は出来ないのですから。
日々の生活を工夫して「凌ぐ技術」を身につけ、楽しんでいただきたいと思います。比較的家の中で過ごす時間は長いのですから、体的に順応できなくなってしまうのではないかと危惧しています。それは子供達にとって「我慢する」ということにも繋がるのですから、軽視してはいけません! 

「素材」を伝える


P3100003.jpg昨今の住宅では、「○○風」と名付けられた「新建材」と呼ばれる材料が多く用いられるようになりました。しかし「○○風」というあくまで雰囲気重視の、いわば偽物なのです。それは「経年変化」を楽しむことは出来ません。本物の素材とは「経年変化による味わい」を楽しむことが出来ます。また、すべてに該当するわけではありませんが、時が経過するにつれ「流行」という物があるので、古くさく見えてしまい、汚らしくも見えてきてしまいます。
確かに掃除がしやすいと言うことは日常生活において非常に重要かも知れませんが、「汚れる・壊れる・直す」ということを子供達に伝えられなくなってしまいます。良い例として、最近の学校ではあえて「木の机と椅子」を導入する学校が増えていると聞きます。木の家具は修理が利きますし、意外と丈夫なのです!確かにメンテナンスの関係上、石油製品の方が汚れないかも知れませんが、「教育の場」という観点で捉えるならば、「画一された工業製品」には疑問が残ります。
最近の世代では、人間関係や物を「大切にする」ということが欠如しつつあるのではないかと感じています。大人が「使い捨て」をするようになり、当然子供達はそれに順応していきます。新しくきれいな物がすべて良いとは限りません。新しいのは「畳と妻」だけでいいのです(笑)

子供部屋は「秘密基地」ではない!


DSC_5548.JPG題目の「子供部屋は秘密基地ではない」が物語るように、あくまで子供部屋は寝るところと勉強するところに特化すべきであり、「住むところ」ではありません。正味な話、「4・5畳の空間とちょっとした収納」があれば充分なのではないかと思うのです。後は工夫して住まうことを学ばせるべきではないでしょうか。
広ければ物は何処にでも置け不自由なく暮らせますが、果たして「片付け」をするのでしょうか。狭いなら狭いなりに子供達は順応出来るようになり、「自分の部屋」として工夫し、物が煩雑しないよう「片付け」も自然と身につくでしょう。また、子供部屋が快適になりすぎることで、「引きこもり」を誘発することは最近の調査で明らかです。部屋を窮屈にすることは、結果的に床面積を減らすことに繋がり「コスト」は抑えられます。数年後、いずれ「巣立つ子供達」に広い部屋を与え、将来的に結局そこは「空き部屋」と化すことは目に見えているのです。将来を見据えた「住まいづくり」が大切なのです!